第十三階層都市カグツチの最下層、ドーム状で部屋の真ん中に大穴があいているということ以外何もない部屋に、身の丈ほどあるかという太刀を背負った一つの白い人影が悠然と立っていた。
「導かれるままにやってきた場所がここか・・・。どうやらここは当たりのようだ・・・」
白い影はひとりごちるようにぼそりとつぶやく。この何もない部屋に悠然と一人で立っている以上、存在感はあるべきなのだが、なぜか彼の存在感は希薄であった。
―――ゴゥン・・・。
鉄の門が開くような音とともに、部屋の大穴から燃えるような赤い光が洩れる。その光に包まれるかのように大穴からゆらりと浮き上がる大きな水晶。その中から、まるで水の中から出てくるかのように音もなく一人の少女が彼の前に降り立つ。しかし表情こそ読み取れないが、彼は動じない。まるで、こうなることが初めからわかっていたかのようだった。
「侵入者を確認・・・認識。該当―――無し。不確定因子と認識」
一見すると年端もいかない青白い服の少女。目にかかるスコープはモノアイのようになっていた。しかし、その少女の口から洩れる言葉は、少女のそれは全くなく、まるで機械が喋っているかのような語調だった。しかし、彼はそれにも動じることなく、当たり前のことをするかのように、背中に背負った太刀を抜く。
「ほぅ、貴様がもう出てきて居るか」
成人を迎えた青年のような声が、彼から発せられる。しかし、青年らしいのは声だけで、語調は少女のそれとあまり変わりはなかった。モノアイのカメラの照準を合わせるためか、彼女の瞳に当たる部分が少し小さくなったかと思うと、再び開く。
「対象、生体反応ゼロ。存在反応、基準値の20%。照合、照合…」
彼女は自分の脳とは別の記憶媒体からデータを探るためか、空を仰ぎ見る。少女に対して明らかな敵意を向けながらも、彼女を攻撃しないのは、一つの疑問があるからだった。
「未だ時間では無い筈だが。何者かが干渉して居るのか?」
彼の口ぶりからすると、彼女がこの部屋に降り立つ時間は決まっているのだろう。少しすると、彼女の顔が彼に向き、データの照合結果を口ずさむ。
「対象を、三輝神「スサノオユニット」と確認。ムラクモ起動。最大防御展開」
彼女が口ずさむと、彼女の周りに青白い光が収束していく。これにより彼女の装甲の強度が上がる。これをするということは、彼の一撃はそれほどまでにすさまじいということだった。
「然し、如何様な事に成ろうと、貴様等は滅するのみ」
抜いた太刀の頭を垂らしたままだったが、この言葉を発すると同時に、刀身を地面と平行にし、柄を相手に向けるという、彼特有の構えを取り、戦闘態勢に入る。
「対象の殲滅を開始します」
戦闘に入る直前でも、彼女の声に感情がこもることは決して無かったが、彼女と同じように機械的な口調だった彼の語調には、少しばかり感情が籠っていた
「来い。人の造りし悪魔め!」
◆
「消えよ悪夢よ―――虚空陣…!!」
彼は太刀を振り上げ蜻蛉大上段の構えを取る。すると、青白い光が刀身に収束していく。しかし、これを見逃す彼女ではなかったのだが、彼から受けたダメージが、機能停止はしないもののキャパティシィを大きく超えていたため、身動きがとることができず、刀身に集まる光を眺めることしかできなかった。光に包まれた刀身が残像を残すほどの速さで振り下ろされた。まるで、彼女を断罪するかのように。
「―――疾風!」
彼が振り下ろした白刃は彼女には届かない。が、刀身から放たれた青白い光が、かまいたちの如く彼女に襲い掛かり、彼女はそれに当たってしまった。光に包まれた少女が纏う鎧が破損していき、光の拘束から解き放たれた時には、戦闘前とは見違えるほどぼろぼろになっていた。
「機能…停止…」
青白い服の少女がそう呟きながらうつぶせで倒れる。彼女を守っていた鎧のいたるところが大きく破損していて、腕と足が一本ずつ足りない。しかし彼は対照的にほぼ無傷だった。彼が悪魔と称した彼女は決して弱くはない。むしろ一般人が挑めばあっという間に惨殺されるのが目に見えるほど強い。だが、存在反応が基準値の20%と、現世に存在していること事態が危うかった彼は、全力で戦うことができなかったはずだが、彼女を殺すには十分だったようだ。
ぴくりともしない彼女を見下ろす彼は、彼女を大穴の中へと蹴落とし、すでに興味を無くしたかのように思いふける。
「融合は未だして居ないようだな。では、次は奴か…」
◆
彼の目線の先に、この部屋へのドアのない入口が一つ。彼は最後の標的を待っていた。
少しすると、入口から階段を昇る音が聞こえてくると、銀髪で赤い服を纏い鞘のない大剣を帯刀した男が一人、彼の待つ部屋へとやってきた。すると、赤服は赤い光が洩れる大穴を見て驚いた。
「窯が開いているだと!?どういうことだ!?」
赤服の男は周りを見渡すと白い人影に気付き、姿を見るなり怒鳴りつけた。
「おいテメェ、何者だ。一体何をした?」
彼は赤服を待ちわびていたかのように、鞘に納めていた太刀を再び抜き、丁寧にも赤服の質問に答えた。
「遅かったな。貴様の片割なら境界の向こうへお帰り願った」
彼の言葉に赤服は驚きの表情を浮かべたがすぐに平静を取り戻し、頭をぼりぼりと掻きながら、ふぅと溜息を一つ洩らす。
「テメェが倒したのか…。奴を倒すのは俺の仕事なんだが。ま、仕方ねーか」
帯刀していた大剣の柄に手をかけていたが、警戒心を少し緩めたためか、剣から手を放しパンと手を叩くと、赤服はどうでもいいかのように彼に言った。
「あい。御苦労さん。んじゃ、俺は帰るわ」
そう言うと赤服は踵を返し入ってきた入口へと歩を進め、彼に別れを告げるかのように手を挙げる。が、彼はそれを許さず、赤服が決して無視できないような言葉を口にした。
「貴様が帰る場所も彼処だ。黒き者よ」
挑発とも取れる彼の言葉に反応し、赤服は足を止めると、彼に顔を向ける。
「何だとテメェ」
しかし、赤服の表情は先ほどとは打って変わって、鬼すら逃げ出しそうなほどの激しい怒気が孕んでいた。その顔を見た彼は、合点がいったと言うかのように言葉を口にする。
「成程。貴様が、「ラグナ=ザ=ブラッドエッジ」だったか」
「ラグナ=ザ=ブラッドエッジ」とは、この世界を統治する「世界虚空情報統制機構」から統制機構反逆者として、史上最高額の懸賞金をかけられている世界最悪の犯罪者の名前である。しかし、彼の言っている内容は、「ラグナ=ザ=ブラッドエッジ」と呼ばれた男には理解できなかった。理解できないことを言われ、挑発もされ、苛立ちが募るラグナは、彼に向って罵声を飛ばした。
「”だったか”?おい、何言ってんだテメェ。ワケのわかんねーことばっかいってんじゃねーよ。この馬鹿が、ぶった斬るぞ」
一度離した手を、再び剣にかける。しかし、それを抜こうとはしなかった。正確には抜けなかったといったほうが正しい。彼から言葉にしがたい気迫のようなものに、ラグナはやられてしまった。
「どうした?粋がる割に足が震えて居るぞ?何をそんなに怯えて居る?」
そう言われたラグナは、言われてから初めて自らの足が震えていることに気付いた。しかし実のところ、ラグナが怯えているのではなく、彼の中にいる何かが怯えていたのだが、そのことには気付いていなかった。
「貴様は世界最強ではなかったのか?「ラグナ=ザ=ブラッドエッジ」よ」
彼の再びの挑発に、ラグナのこめかみに青筋が一つ浮き出てくる
「気易く呼ぶんじゃねーよ。テメェ!」
ラグナの怒りをあしらうかの様に彼はクスリと笑った。
「フッ、戯言は此処までとしよう。時間も無い。黒き者よ。貴様の死を以って此の長き縁は潰える。私の旅路も此処で終焉だ」
行き過ぎた怒りは返って人を冷静にする。この言葉通り、ラグナのこめかみにあった青筋は消え去り、加えて帯刀していた大剣を抜くと、ラグナは彼に言い放った。
「あーそうかい。勝手に終わらせてろ、このお面野郎。馬鹿じゃねーか、俺かここで死ぬだ?ふざけんな、死ぬのはテメェだこの馬鹿が!」
あくまでも退かず、あえて彼にかみつくような言葉を吐く。それが彼の性格なのだろうが、白い侍の実力がわからないラグナではない。すると、彼は自分の太刀の刀身を顔面の近くへと近づけ、自らに暗示をかけるように言葉を発する。
「我は空。我は鋼。我は刃。我は一振りの剣にて全ての「罪」を刈り取り、「悪」を滅する!!」
彼の自己暗示とは、古の力である魔術を用いたもので、従来の自己暗示とはわけが違う。普通の人間であれば彼と対峙することはまず不可能。なぜなら、彼の目の前に立てばたちまち気を失ってしまうか、殺されるかのどちらかだからだ。しかし、ラグナは対峙している。それだけの実力があるということだ。彼は刀身を地面と平行にし、柄を相手に向けるという独特の構えを再び取り、ここへきて初めて名乗った。
「我が名は「ハクメン」、推して参る!」
彼の名前を聞いたラグナは驚いた。ハクメンとは約九十年程前に、突如出現した「黒き獣」と呼ばれる誰も敵う事がなかった魔獣を倒した「六英雄」の内の一人である。後に「暗黒大戦」と呼ばれるこの戦いの後行方不明になったとされたが、まさか自分の目の前にその人物が現れるとは夢にも思っていなかった。
「黒き者よ…私を失望させるな!」
六英雄の一人ハクメンが、ラグナへと襲いかかった。
◆
「ぐはあっ!…くっ…」
ラグナの右肩から左わき腹にかけて、ハクメンの攻撃が一閃。ラグナは耐え切れず気を失ってしまった。するとハクメンは、太刀を持ち直し返事が返ってこないラグナに切っ先を向け、死刑宣告をするかのように言い放つ。
「終わりだ、黒き者よ。境界の果てで又会おう」
そう言うと、太刀の切っ先は上を向き、刃はラグナの首へと振り下ろされる。
――――ザクッ
◆
吸血鬼の国トランシルバニア、レイチェル=アルガードの城。
今日も城主の幼い吸血鬼、レイチェル=アルガードが退屈な時間を利用してティータイムを楽しんでいると、城の周りに住んでいる同族の子供たちがやってきた。
「姫様!姫様!今日も昔話をしてください!」
いつもどこから忍び込んでくるのかわからないこの子供たちは、この城に来るたびレイチェルに昔話をせがむ。彼女はやれやれといった感じだったが、腰をかけている椅子に話しかける。
「ナゴ。六英雄の本を持って来て頂戴」
「わかりましたわ。姫様」
口調は全くの女性だが、声だけを聞けば男という奇妙な声が、椅子から聞こえてきた。その椅子のほぼ頂点部分に猫の顔が浮かび上がってきたかと思うと、その口から一冊の絵本が出てきた。顔をしかめながらその本を受取ると、一言ぼやいた。
「全く。他にしまう場所はないのかしら?」
「申し訳ないですわ」
まぁいいわとレイチェルが言うと、本を開き、周りにいる子供たちに座るように言いつける。全員座ったことを確認すると、レイチェルは絵本を音読し始めた。
むかしむかし
まっくろな怪獣があらわれました
怪獣はとてもつよく
しかも、みんなをたべてしまいます
こまった人たちは一生懸命たたかいましたが
怪獣はとてもつよく だれもかてません
みんながこまりはてたそのとき
しろいお侍さんが5人のなかまをつれて
みんなのまえにあらわれました
しろいお侍さんたちはとってもつよく
とうとう怪獣をたおしてしまいました
そしてしろいお侍さんはみんなにいいました
もうわるいことをしてはだめだぞ と
ふしぎです
わるいのは怪獣なのに
おこったみんなは しろいお侍さんを
まっくろな扉のなかにとじこめてしまいました
「はい。今日はこれでおしまい」
パタンと本を閉じたレイチェルは、子供たちの顔を見回す。すると、一人の子供がレイチェルに質問してきた
「姫様。なんでみんなはしろいお侍さんを閉じ込めちゃったの?」
ただ純粋な疑問。この話を読んだものなら誰でも思う疑問でもあるが、レイチェルはこの疑問に対する解答を持ち合わせていた。
「それはね。人間というのは皆、愚かだったからよ」
――――完