吸血鬼と言えば、十字架や大蒜、流水が弱点であり、何より太陽の明かりを浴びれば灰になる。弱点が多い反面有り余る程の強さを持つという怪人。しかし、その弱点の殆どがただの迷信という噂もある。初めて吸血鬼を退治した人間がキリシタンで、そのことを報告する際に

「十字架の加護があったからこそ成しえたこと」

と触れ回ったとか、退治した人間が大の大蒜好きだったから等々。

 空に浮かぶ島、「浮遊大陸」。そこを治める国、「ツェップ」。そこのある場所に点在する大統領官邸の中庭に二人の老人が立っていた。

 一人の老人は先程まで守りに徹していたのか二本の小太刀が逆手に握られていた。その姿は小柄だが間近に立たれれば思わず跪き見上げてしまう程の威圧感があり、ピシッとした軍服がそれを引き立てる。深く被った軍帽で表情は伺うことはできないが、鳥が翼を広げたかのような形をしている口髭がなんとも凛々しい。

 その老人に対峙するもう一人の老人は対象的に素手。背格好も対象的で長身で渋い朱色の燕尾服を纏い、モノクルをかけパイプを咥える姿はまるでダンディズムを体現したような姿だった。加えて言えば、二人とも猫背という言葉など知らないのではないかと思わせる程に背筋がピンと伸びている。

 二人はしばらく睨み合っていたが、軍服の老人は腕を下げたまま、燕尾服の老人は優雅にパイプを蒸していた。一見すると燕尾服の老人が一見すると緊張感無いように思えるがそんなことはない。理由を上げるとすれば、二人の間には何もないからである。周りを見渡せば掻き集めれば焼き芋の十や二十は楽に作れる程の落ち葉があるというのにも関わらず、二人の間には何も無いのだ。しかし、何も無い二人の間には言葉にするのが恐ろしい程の殺気で満ち溢れていた。もし何も知らない使用人が二人の間に入ろうものなら、この二人が手を下さずに気を失うだろう。言うなれば、構えが無いように見えるこの姿こそ、この二人の構えなのである。

 睨み合うこと数分、先に動いたのは軍服の老人だった。正確に言えば軍服の老人は消えた。陥没したコンクリートの地面が軍服の老人の脚力の凄まじさを物語っている。しかし燕尾服の老人は驚くこともなく、その場を動かない。音もなく彼の背後に姿を表した軍服の老人は、いつ握り直したのか片方の握り手は逆手から攻撃に優れた順手になっていた。そしてそのまま、彼の首を刎ねんと首に襲いかかる。しかし、刀が刎ねたのは空気だった。燕尾服の老人は音も無く、しかし軍服の老人のように地面を陥没させずに、正真正銘その場から消え去っていた。そしてそれより刹那程遅れて、軍服の老人の背後から空気の層が打ち抜かれる音が聞こえると

「ふむ。今回は引き分けか・・・」

軍服の老人の背後には燕尾服の老人が立ち、彼の拳は軍服の老人の後頭部に直撃する寸前で停止していた。残念無念と言うか様に、しかしどこまでも優雅な口調で呟く燕尾服の人外。一見すれば燕尾服の老人の圧勝に見えるが、彼の襟には逆手に握ったままだった小太刀の切っ先が触れていた。頭部から拳を離すと乱れた襟とネクタイを正す。

「ふん。貴様が本気になっていたら、私の頭はとっくに無くなってるだろうよ」

背格好が対照的なら声すらも対照的なのか、燕尾服の老人の声に優雅さがあるなら、軍服の老人の嗄れ声は荒々しさがあった。軍服の老人が刀を引くと、鞘に納めるでもなく投げ捨てた。しかし、その刀は捨てられた先の鞘立てに置かれた主が不在のそれにカチャンと音を立てて、主の帰宅を知らせる。

「んはっはっは。いやいや、この姿で出せる全力はあれが最大だ。この力に対抗できるの真人間はお前か雲長ぐらいなものだよ。いや、彼の弟子のジョニーという男が本気を出せば・・・あるいは拮抗するかも知れんぞ。いやはや、若人と言うのは可能性に溢れていて楽しみでならない」

「ふん。貴様の言う「楽しみ」は後々に喧嘩できるかどうかだろう」

いや、バレたか。と先ほどの優雅さとは裏腹に豪快に笑う燕尾服の老人。それを見て呆れたように溜息をつく軍服の老人。しかし、彼らの言う「喧嘩」は若い青年たちがするような「喧嘩」ではなく、傍から見れば「殺し合い」なんて言葉じゃ収まらないほどのものだった。すると、思い出したように軍服の老人は燕尾服の老人に問いかけた。

「そう言えばスレイヤー。隠遁するから喧嘩納めとして周っているんだろう。私の次は誰に喧嘩を吹っ掛けるつもりだ?」

軍服の老人はどっかと中庭に敷き詰められた石盤に胡坐をかく。スレイヤーと呼ばれた老人はふむと考えながら整った顎鬚を撫でる。特に誰の次は誰と喧嘩しようと思いながら来たわけではなく、とりあえず軍服の老人と喧嘩をしにきたようだ。

「そうだな。バッドガイ達とは既にやりあったからな。今度は私の旅仲間を求めて旅をするとしようか。隠遁記念旅行と言ったところかな?」

はっはっはとスレイヤーは優雅に笑う。「旅仲間」と聞いた軍服の老人は顎に手を当て、心当たりのある「スレイヤーの同類」を探る。

「貴様と同種と言うと、スカーレットとアルカード・・・あとはブリュンスタッド・・・だったか?スカーレットの奴ならどこに行ったかは心当たりがあるがな」

心当たりのある人外を三名挙げる。そのうちスカーレットと言う人外に心当たりがあるようだ。

「ほぅ。あの一番自由人だった彼の居所がわかるのか」

風の噂だがなと軍服の老人は付け加える。

「日本のどこかにある「博霊神社」と言うところがあってだな、そこに何やら巨大な法力に包まれた場所があるそうだ。別段その法力の中心に行っても何もないそうなんだが、何か結界か何かが張られているんだろう。昔、スカーレットのやつから知らせが届いてな。「あそこの法力の中はすごい」と、一言だけ綴ってあった。空間湾曲が使える貴様らなら、結界の中に行けるのではないかと思ったのだ。まぁ、奴がいなくても、その子孫ぐらい入るかもな」

「それだけ聞けば十分。ありがとうガブリエラ。やはりお前はタダでは帰してくれない。隠遁するまでこの身体が持てばよいが・・・」

ふうと残念そうに溜息をつくスレイヤー。ガブリエラと呼ばれた男はそれを冗談と取ったのか、スレイヤーの豪快な笑いとは全く別の、スレイヤーの「豪快」と言うのが優雅さにあるモノであれば、ガブリエラの「豪快」はそれこそ文字通り、荒々しさの中にあるモノだった。

「がぁっはっはっは!!嘘を吐くな吸血鬼。貴様が死ぬときは戦いの中しか無かろう。それともあれか?」

ガブリエラは意味ありげな眼差しをスレイヤーに向ける。その意味を理解したのか、十字架も大蒜も流水も、果ては太陽の明かりを浴びても灰にならない完全無欠の吸血鬼・スレイヤーはクスリと笑ったかと思うと、肩にかかった小さなマントをバサっと目の前に投げた。今まで小さかったマントが突然大きく広がり、スレイヤーが普通に通れる程の大きさになったかと思うと、広がったまま空中に停滞。マントの裾が少しだけ地面についていた。

「あぁ。楽しすぎて身が持たんかもしれないな」

ガブリエラに背を向け、軽く手を挙げる。そしてガブリエラも軽く手を挙げた。今生の別れと互いに解っているが、あまりにも清々しい喧嘩仲間の別れであった。





続く