「餞別代わりだ。くれてやる」

マントのドアに一歩踏み込んだスレイヤーの背後からガブリエラの声が届く。彼が振り向くと空中には先程までガブリエラが使用していた二本の小太刀が舞っていた。スレイヤーが手を差し出すとそれらは彼の手に吸い込まれる様に収まる。

「ありがとう。我が一族の代々の家宝とするよ」

この二本の小太刀は特に名刀という訳ではない。しかし、彼が軍に所属する前から今に至るまでの五十年以上、そしてツェップの大統領に就任してからも使われ続けたこの二振りは、そこらの名刀以上に価値がある。それを渡されるというのだ。この二振りは餞別なんて言葉では収まらない。スレイヤーはその二本を掲げて応えた。

            ◆

「さて、これから日本までどの様にして行こうか・・・徒歩では時間が掛かりすぎるが、だからと言って空間転移で行くのは余りにも風情が無い」

一先ず大統領官邸から出てきたスレイヤーはどの様にして日本に向かおうか悩んでいた。すると、一人に人物が浮かび上がる。

「ふむ。彼となら退屈せずに済みそうだ」

スレイヤーはニヤリと笑みを浮かべると、再びマントのドアを広げ、尋ね人の元へと向かう。

 何処かのある海岸に、「May Ship」とでかでかとペンキでか書かれた飛空挺が一隻停留していた。メンテナンスの為なのか船のクルーと思われる女が何人かスパナやレンチなどを手に、捲られた装甲の中を眺めている。そう言った事に関しては関われないクルー達は料理を作ったり、波打ち際で遊んだりしている。そこから少し外れたところに、パラソルを広げ長椅子に腰を掛けてクルー達を眺める船団の唯一の男が一人。その男の姿は実に特徴的だった。長い金髪は後ろで束ねられサングラスをかけていて、黒いハットはかぶる必要が無いのか椅子の横にある小さなテーブルに置かれている。問題はその服装である。上半身はシャツを着用せずに黒いロングコートを羽織、黒いスラックスを止めるベルトはなんの為か極太のものが二本緩く巻いてある。しかし驚くべきことは男はそれを完璧に着こなしているので全く違和感が無いことだった。

 男は一見警戒心は全く無い様に見えたが、背後から忍び寄る影が彼から二十メートル離れている時点で、その存在に気付いていた。

「一体何の用だスレイヤーの旦那?俺との喧嘩はとっくに終わったはずだろ?」

振り向かずに喋る金髪の男の詠う様な口調こそは飄々としているが、その奥には明らかな警戒の色があった。

 金髪の男とスレイヤーの距離はおよそ十五メートル。この距離で相手の存在に気が付くのは武道の達人かスレイヤーの様な人外ぐらいなものである。しかしこの男はガブリエラと同様真人間であり、つまり武道の達人である。

「いや、流石はあの雲長博文唯一の弟子。この距離で気配を殺した私の存在に気付くとは」

男とは対象的にスレイヤーに警戒の色は全くなく敵意は無いことを言葉無しに伝える。しかし、男は警戒を解こうとはしなかった。なぜなら、スレイヤーは敵意なんてものが無くても喧嘩を吹っかけるからである。この男の心構えには感心するが、しかし自分のことを見抜いていることには驚きを隠せないスレイヤーだった。

「今回は君と喧嘩をしにきた訳ではないよジョニー君」

ジョニーと呼ばれた金髪の男はスレイヤーがその様な嘘は吐かないと知っているのか、彼を信用して警戒を解いた。いつの間にか手に掛けていた居合刀から手を離し、両手を後頭部へと回し再び寛ぐ。しかし決して振り返ろうとはせずに話をする。

「で、喧嘩じゃないなら一体何の用だ?別に用が無いなら来るなと言っている訳じゃぁ無い。ただ、あんたは用が無けりゃ俺の所には来ないだろぅ?」

すると何がおかしいのかスレイヤーは、はっはっはと笑う。

「御名答。ちょっと君に頼みたいことがあってねぇ」

「勿体振らずに言えよ。せっかく御老体が隠遁するんだ、断るなんて無粋な事は言わねぇよ。まぁ、うちの姫達を譲ってくれなんて願いは流石に聞けねぇがね」

軽口でこそあるが、彼もダンディズムを突き進んでいる為かスレイヤーとは口調や格好は違うこそすれ、実に紳士的な対応だった。

「それで君の本気が見れるのであればその願いもいいかもしれないな」

スレイヤーのその言葉に反射的にジョニーの眉間に溝が刻まれる。しかし、スレイヤーは膨れ上がるジョニーの殺気を気にも留めず言葉を続けた。

「安心したまえジョニー君。私にも妻がいる手前、妻を裏切る事はできんよ」

「おいおい。そういう冗談は嫌われるぜ?俺は危うくミストファイナーを振り抜こうかと思っちまったぜ」

『ミストファイナー』と言うのは、ジョニーの居合斬りのことである。彼が本気になれば一秒に十回は抜刀できると豪語しているが、未だにそれを見たものはいない。しかし、それがハッタリではないことはジョニーと戦ったものは全員解っていることだった。

 理由その一。

 「ミストファイナーを振り抜こうかと思った」と言うのは、彼のミストファイナーは全て寸止めである。しかし、神速の居合斬りを寸止めしたとて相手にダメージがないわけではない。そう、寸止めされた居合には衝撃波が生じ、これで相手にダメージを与える。これ程の居合斬りでも彼は本気ではない。

 理由その二。

 彼は戦いにおいて自らを律して戦っている。『ミストファイナー』が寸止めであるのもその一つである。しかし、その力の制限を解除するにはルールが存在する。それは、『ミストファイナー』の対象にコインを当てることである。一枚当たれば力を込め、二枚当てれば『ミストファイナー』を十回連続して行うが、それには二〜三秒ほどかかる。しかし、「力を込める」「十回連続して抜刀する」とは言っても、振り抜くことは決してない。

 以上が、彼が本気になれば「完全な人型」での全力のスレイヤーと力が拮抗すると称賛される由縁であり、一秒間に十回抜刀できるというのがハッタリではない理由である。

「しかし助かるよ、願いというのは他でもない。私を日本に連れていって欲しいのだよ。あぁいや、言い方が古かったな。『ジャパン』と言った方がわかりやすいかな?」

この願いは予測していなかったのか、今までクルー達にしか注がれなかった彼の視線が、スレイヤーの顔へ向かう。やっと顔を合わせてくれたことに気分を良くしたのか、彼はクスリと笑い、ジョニーにも得があるということを伝える。

「なに、タダでとは言わんさ。ちゃんとそれに見合う報酬も出そう。余った金は、金で救える余地のある者達に使うと良い。「ジェリーフィッシュ快賊団」と言うのはそういう集団だろう。それに、君の姫君のご両親の情報もあるやもしれんぞ?」

 スレイヤーの願いと提案に少し面食らったジョニーだったが、渋るようなそぶりは見せず、それどころか声高らかに笑い声をあげた。

「はぁっはっはっは!!いいだろう!俺の船は俺と警官の坊主以外の男は乗せないことにしているんだが、今回は特別だ。「ジェリーフィッシュ快賊団」船長であるこの俺が、乗船を許可する!」

ジョニーはジャケットをバサっと翻しながら長椅子から立ち上がると飛空挺のメカニックのリーダーに声をかけた。

「エェイプリル!船のメンテナンスは済んだか!?」

船の羽に乗るエイプリルと呼ばれた少女がスパナを持った手を上げ、終わったよ!と叫び返す。よしと頷いたジョニーはハットをかぶり、テーブルに立てかけていた刀を手に取ると、大股で船に歩み寄る。

「次の目的地が決まった!船を出すぞぉ!!全員持ち場につけぇ!」

意気揚々と大声を上げつつ、クルー全員に呼びかける。おう!とか、わかった!など各々違う声を上げて船に乗り込む。船から垂れる梯子までたどり着くと、ジョニーは振り返り満面の笑みでスレイヤーを歓迎した。

「サー・スレイヤー!「ジェリーフィッシュ快賊団」へよぉぉぉこそぉぉ!!これより当機はジャパンへと向かう。それでは良い旅を!」

あまりにも清々しいほどの男に感動を覚えたスレイヤーだった。これほどまでに可能性に溢れ、そして底しれぬ豪快さを持った紳士と会うことができなくなるのは、とてつもなく惜しいと思った。

「よろしく頼むよ。ジョニー君。クルーのレディ達も、短いが共に航海できることを嬉しく思う!」

そう言って、スレイヤーはジョニーに続いて梯子を登る。

 向かう先は日本、もとい滅びた国「ジャパン」。ジョニーが指揮を取り、船は東へと飛び立った。



続く