「さてぇ、別に無理に聞くつもりはないが、一応聞いておこう。あんたぁ、いったいジャパンに何の用だ?」

船が飛び立ってから、ジョニーに連れられて船長室に入り、彼は大きなソファに腰掛け寛ぐ。立ちっぱなしのスレイヤーに気付き、そのソファの脇にある小さなソファに座る様に促す。それに従い、失礼するよ。という言葉とともに彼もソファに腰を掛け足を組む。そのまま流れでパイプに火をつけようとしたが、他人の部屋である事を思い出し

「その前に、パイプを蒸かしてもよろしいかな?」

と断りをいれる。ジョニーはそれに承諾し、机に置いてある灰皿を彼の近くに寄せる。パイプを燻らすと一拍置いて

「いやなに。ただジャパンに古い旅仲間がいると言う知らせを聞いてね」

「喧嘩ぁ・・・かい?あんたも好きだねぇ」

呆れたように嘆息しながらジョニーは呟く。そして彼もスレイヤーにつられる様にジャケットの内ポケットから「LUCKY STRIKE」というロゴがプリントされた煙草を取り出すと、それに火をつけ紫煙を浮かべる。

「ほぉ。君が煙草を吸う姿は初めて見るな」

珍しい物見る様な目でジョニーのことを眺める。その視線に気付いたジョニーは口から煙草を離し、少しの間自分の咥えていた煙草を眺めると、その言葉と視線の意味に気付いた様に

「あぁ。口が寂しい時に、たまにな。蒸かす程度だがね。葉巻やパイプでもいいかとは思ったんだが、何分似合わんもんでな・・・飴やガムだと余計に格好がつかんしな。それに、人前じゃあ吸わない様にしているんだ。初めて見るのも当たり前だろうよ」

そう言って再び煙草を燻らすジョニー。するとドアがノックされ外から少女の声が聞こえてきた。

「ジョニー?いるんでしょ?入るよー」

先程のエイプリルと呼ばれた少女の声とはまた違う声が部屋に届く。するとジョニーは煙草を灰皿に押し付け火を消すと

「メイか。入っていいぞ」

スレイヤーも一緒に居ると分かっているのか、ドアはすぐには開かずにゆっくりと開いていく。人一人通れる程にドアが開いたが、メイと呼ばれた少女は入室して来ず、その代わりに彼女の小さな頭がひょっこりと顔を出した。なれない他人がいて緊張しているのか、その顔は少し赤い。しかし用があるはずなのに何の言わない彼女を不思議に思いジョニーが話を切り出す。

「どうした?何か用があるんじゃ無いのか?」

その言葉で我に帰ったのか、顔をハッとさせると焦った様に用件を伝えようとしたのだが

「あ・・・あの、えとぉ・・・」

我に帰っても緊張は消えないのか、言葉を噛みに噛んだ。その仕草についスレイヤーは笑ってしまい、メイにジト目で睨まれた。

「あぁ。これは失礼を。しかしレディ、そんなに緊張しては言いたいことも言えないだろう。ここは一つ、深呼吸をして落ち着いてみてはいかがかな?」

スレイヤーは和かにそう言った。メイはその声に聞き惚れてしまったのか、顔をポーっとさせていた。少し間を置いて、ハッと我に帰る。するとメイは俯き何かブツブツと呟いたかと思うと、ジョニーに向き直るとやっと用件を口にした。

「目的地に到着するまで後一時間掛かるってエイプリルが言ってたよ」

「そうか。わかった。わざわざ伝えてに来なくても良かったんだがなぁ」

ジョニーがそう言うとメイはそっぽ向き

「だって、ジャンケンで負けちゃったんだもん」

と口を尖らせて小さな声で愚痴を吐いたがジョニー達にその声は聞こえることは無かった。

「何か言ったか?」

内容は聞こえていなくとも、何か喋ったというのは聞こえた様で、ジョニーはそう言って聞き返したが

「うぅうん。な、何でもない。えへへ」

どうやらメイ達クルーは手の空いている者達でジャンケンを行い、負けた者はスレイヤーの様子を見に行くと言う罰ゲームだったらしい。ジョニーが安全であるかという確認と、スレイヤーはいったいどんな人物なのかという好奇心だろう。

ジョニーはメイの反応に首を傾げたが、スレイヤーは言葉を聞かずとも理解した様で、拳を口に当てクックッと笑いを堪えていた。メイはじゃあねと言って顔を引っ込め、再び二人だけの空間になると、ジョニーは独り言ちた。

「なぁんだったんだ?あいつぁ?」

未だに笑いが収まらないスレイヤーは

「いや、君はクルー達に愛されているねぇ」

と言った。なぜその言葉を言ったのかジョニーには解りかねたが、皆に愛されていると言う言葉にはすぐに反応した。

「当たり前だ。俺が皆のことを愛してるからな。自然とその愛に答えてくれてるのさ」

しかしクルー以外に愛を示している若干名は、その愛に応えてくれない者がいることは口にしなかった。

「さて、あと一時間程で着くそうだが、何もせずに待つのは退屈だろう。酒でも飲むかい?」

そう言うとジョニーはソファから腰を上げ、部屋の隅にあるワインセラーからワインを一本、そしてワイングラスを二個取り出す。

「優雅に待つのもいいかも知れないな。ご一緒させていただこう」

置かれたグラスにワインが少量ずつ注がれていく。それらを持つと、ジョニーは再び口を開いた。

「サー・スレイヤーの隠遁を祝して・・・いや、隠遁する事を祝しちゃいかんなぁ。第二の人生の門出を祝して、乾杯」

「ありがとう。乾杯」

チンと音を立たてグラスが触れ合う。たまにはこう言うのもいいかも知れん。そう思ったスレイヤーだった。

              ◆

船長室に取り付けられてるスピーカーから、メイの声が響いてきた。

『そろそろジャパンに着くよ!降りる準備して』

その声が聞こえると、ジョニーとスレイヤーは立ち上がり、甲板へでる。

 眼下に広がるはかつては数ある先進国の中でもトップクラスの科学力、そして個人に隠された強大な力で反映した日本は、生態兵器GIERの完全体、ジャスティス率いるGIERの軍団に滅され、ジャパンと名を変えその面影はない。

「さて旦那。どの辺りに着陸すればいい?」

ジョニーは手すりに片手を乗せ、そこに体重を掛けた様な態勢でそう言った。スレイヤーは眼下に広がるジャパンを見渡し巨大な法力を探し

「ふむ。あの辺りに着陸してもらえるかな」

指差す先は「本州」と呼ばれていた場所の丁度真ん中辺り。その旨を操舵手に伝える為にジョニーはジャケットの左ポケットからインカムを取り出すと、マイクに口を近づけ

「着陸点は北緯三十六度、東経百三十八度だ。近くに着陸出来そうな平地はあるか?」

一体どうやってそこまで細かい位置を伝える事がきたのかと思ったスレイヤーは驚いた様な表情をジョニーに向ける。彼はニヤリと口を歪ませると、顳?を中指でトントンと叩き

「俺のここにはぁ、全世界各国の座標が叩き込まれている。腕っ節だけじゃあ義賊はやってられんのでねぇ」

そう言うと、ジョニーの持っているインカムからエイプリルの声がする。

『平地発見。だけど、そこには大きな法力の反応が出てるけど、どうする?』

そう言うと、インカムのマイク電源がブツッと切れる音が聞こえた。どうする?と言う様にジョニーがスレイヤーに顔を見けると、彼は頷いた。それを構わないと受け取ったジョニーは再びインカムのマイクを口に近づけ

「かまわん。そのまま着陸だ」

と言った。その言葉から少し間を置いて、船が下降を始めた。

「ふむ。君たちとの旅がこれで終わると思うと、なんだか惜しいねぇ」

とスレイヤーは心の底から残念そうな声を漏らす。それを聞いたジョニーはうむと頷くと、スレイヤーに提案した。

「それなら、やる事が終わったらもう一度俺のところに尋ねてくるといい。そん時には「ジェリーフィッシュ快賊団」総出でパーティーをしよう。もちろん、旦那について行くであろうあの麗しい奥さんも大歓迎だ!」

すると、インカムのマイク電源が入りっぱなしだったのか、船のスピーカーからクルー達の声が轟く。

『ジョニーの言う通り、貴方の為のパーティーなら喜んで開かせてもらいます!その時には是非来て下さいね!』

主な声はエイプリルのものだったが、後ろからはスレイヤーが既婚者であることにショックを受けたクルー達の声が聞こえたりしていた。その声を聞いたのはスレイヤーだけではなく、当然ジョニーの耳にも届いていて

「・・・パーティーの件だが、考え直させてもらっても構わんかい」
と苦々しい笑顔を浮かべなはらそう言った。

「はっはっは。私は構わんさ。そういえばジョニー君、ジャパンには「ブシに二言は無い」と言う言葉があるのだが、君はそれを破る男なのかね?」

ジョニーは一度頷いたことを覆す様な男ではないと知っているが、からかいたくなったスレイヤーは意時の悪い笑顔を浮かべ、そう言った。

「はぁっはっはっは!やっぱりあんたにゃあ敵わんなぁ!」

ジョニーはさっきの苦笑いとは全く別の、豪快な笑い声を上げた。

 船が着陸すると、ジョニーとスレイヤーは握手を交わした。スレイヤーは梯子を使わずに飛び降りると、飛びだつ「May Ship」を見送った。

 降り立った場所はガブリエラから聞いた場所の一部であることを肌で感じる。巨大な範囲を覆う法力、だがその結界は侵入者を弾き返すものではなく、ただ覆っているだけ。

「ところで・・・君はいつまで私を眺めている気だね?」

降下を始める前から自分を監視する様な視線を感じていた。しかしそれは敵意ある視線ではなかったので、あえて口に出す様なことはなかったのだが、いつまでも続くこの監視に気分が良くなる訳もなく、スレイヤーはついに見えない監視者にしゃべり掛けた。

「あら?気付いていたのね」

メイのように幼い声でもなければ、その逆に年老いた老婆のような声でも無い。丁度その間より若い、成熟した女性の様な艶のある声が聞こえてくると、彼の目の前の空間に一本の切れ目が入った。その切れ目が開くと中からは西洋文化が入り始めたときのような、大雑把なフリルが段々になっているスカートの淡い紫色のドレスを纏った女が姿を表した。切れ目から這い出して来た女は、自らに当たる日差しを遮る為に小さな日傘をさした。

「どうも初めまして外の世界の方。私は幻想郷の賢者の一人」

そう言って言葉を切ると、空いた片手でスカートの裾をつまみ、軽くお辞儀をすると、気味が悪い程に妖艶な笑みを浮かべてスレイヤーに顔を向け、自らの名を口にした。



「・・・妖怪・八雲紫」