スレイヤーの目の前には八雲紫と名乗る少女が立っていた。空間転移は吸血鬼特有の技であるのだが、スレイヤーは自分の故郷に八雲と言う姓を持った吸血鬼がいないことを知っている。しかし目の前にいるのは、妖怪と呼ばれる、恐らく人外に当たるものであり、妖怪を初めて見るスレイヤーは日本の妖怪もそれができるのではないかという結論に至った。

「申し遅れた。私の名はスレイヤー・・・とでも読んでくれたまえ。今はそれで名が通っている。私も貴女と同じ人外に当たる。吸血鬼と呼ばれる異種だ」

片手を胸に添え、もう片手は腰へ回し、軽くお辞儀をする。

 紫は吸血鬼という言葉に心当たりがあるのか、貴方もそうなの。と声を上げる。スレイヤーはそれを見逃さない。

「ほぉ、吸血鬼という異種はそこの結界の中にいるのかね?」

すると紫は頭を振るでもなく、首を縦に振るでもなく、クスリと笑い

「さぁ?それはどうかしら?幻想郷は忘れ去られた人、物、動物、妖怪、あらゆるモノが集う楽園の世界。吸血鬼がいるかどうかは、御自分の目で確認したらどうかしら?」

そう言って再び空間の隙間の中へと姿を消す。再びスレイヤー一人だけになったかと思いきや、紫の声が辺りに響く。

『その前にこの結界の中に足を踏み入れることね』

声が途切れると紫の視線と気配が消えた。

 スレイヤーは結界の端まで歩き、感じることしかできないはずの結界の壁に触れ、結界の性質を調べ上げる。壁から手を離しふむと一言つぶやくと、マントを壁直前の場所で停滞させ肩をグルンと一回転させる。体を限界まで捻り拳を振りかぶると

「砕け」

マントをめがけて拳を

「たまえ!!」

振り抜いた。

 マントがグローブとなり、拳が結界に激突した感触が伝わってくると、目の前の空間に亀裂が走り、それがドア程の大きさまで広がると、その部分だけ砕け散った。マントに付いた埃を払うようにマントを叩くと、再びそれを肩に掛け、曰く楽園の入り口に足を踏み入れた。

            ◆

 目の前に広がる景色は、先ほどのような荒廃した所ではなく、武家屋敷を思わせる一軒の家。周りを見渡してもその家の廊下がまるで迷路の壁の様にスレイヤーの視界を阻む。楽園と呼ぶには相応しくない所だと思っていると

「意外とあっさりここに来たのね」

聞き覚えのある艶のある声が屋敷の入り口から聞こえ、顔を向けるとそこには紫が向かって来ていた。彼女の予想としてはここへ来ることはわかってはいたが、暫く苦戦するものだと思っていたようだ。

「なに、あの程度ならを板割をするのと同じだよ」

実際はそんな簡単にこの世界にやって来れるような結界ではないのだ。終戦管理局の者でさえもこの結界に気づくことは出来ても、これを破ることは叶わなかった。それを板割と同等の障害と言うのだから、彼の実力は底が知れない。

「ちなみに、あの結界をどうやって破ったのかしら?」

ふと疑問に思ったのか、自らが自信を持って破られる事は無いと思っていたものが、こうもあっさり破られると思うと、悔しいという感情が消し飛び逆に尊敬してしまう。思わず紫はそう質問した。するとスレイヤーは勿体ぶることなく種明かしをした。

「あの結界の性質は『在りとあらゆるモノを通す』そして、『結界に侵入してきた者には実際に結界内にあるモノの認識を完全に誤認させる』と言うモノだった。私が行ったことは『その結界と矛盾するモノ』をただ思いきり叩きつけただけだよ」

その行為は決して板割をするのと同等ではない。スレイヤーの例え方で言うなら、正真正銘本気のスレイヤーに勝つと同等ぐらいの困難さと言った所だろうか。

「ところで、ここはいったい何処なのかね?『楽園』と言うには、失礼だがあまり相応しくない場所だが・・・」

辺りを見渡してもどこまでも続く武家屋敷の廊下のこの空間がいったい何処なのかという疑問を、さも自分の家であるかのように入口から出てきた紫に問う。クスリと紫が笑うと

「えぇ。ここは幻想郷じゃないわ。ここは外の世界と幻想郷の狭間。「迷ひ家」と呼ばれる私の家よ」

迷ひ家とは、その家には誰も存在しないが、その家に置いてある物は全て一級品であり、この迷宮を探せば何処かに財宝が隠されているとも言われているが、偶然的にたどり着いたとしても再びこの家をたどり着くことはできず、噂では一度入ったら最後、この迷宮から生きて出ることはできないとも言われている。しかし、その実態は紫の住処であり、迷宮から出ることができないというのは紫が迷い人が彷徨う廊下を悪戯に弄繰り回し、出ることができなかったというのが本当の話だったりもする。

「ほぅ。それではここからその『幻想郷』と言う場所に行けるのかな?できることなら、案内を願いたいのだが・・・」

と尋ねるが、気分屋なこの妖怪が素直に頷くはずもない。頷いたとしても必ず何かしらの条件を突きつけてくるはずだ。とスレイヤーはそう思った。しかし、彼はその『条件』に少なからず期待をしていた。そう、この旅の目的は吸血鬼・スカーレットとの喧嘩ではあるが、その道中でも喧嘩できることを期待しているからだ。すると、紫は再び妖艶な笑みを浮かべ、条件を口にした。

「ええ。いいわよ。ただし、私に弾幕勝負で勝ったら・・・の話だけど」

その条件はおそらくスレイヤーの期待していた条件だったのだが、聞きなれない言葉に彼は首を傾げた。

「『弾幕勝負』・・・?はて、それはいったい何のことかな」

逆に紫はあまりにも慣れ過ぎていたせいで、知るはずもない外の世界の者に『弾幕勝負』と言ってしまった。そのことを少々後悔したが、幻想郷に行く上では必ず知っておかないといけないことでもあるので、親切にもスレイヤーに『弾幕勝負』の事を説明する。

「『弾幕勝負』と言うのは幻想郷における、いわば勝負方法のことよ。この幻想郷ではむやみに人間を襲うことができないから、妖怪の存在意義の為に考案されたスポーツ感覚で楽しめる決闘が『弾幕勝負』。『スペルカードルール』とも言われているわね」

と長々しい説明が開始された。「郷に入っては郷に従え」という言葉がある様に、スレイヤーもこの戦いを覚えるために熱心に聞いた。

「ふむ。良くわかった。しかし、私は今までずっと拳だけで喧嘩してきたものでね、どうやって『弾幕』を出せばいいのかわからんのだが」

もう自分が何年生きているかということを忘れたスレイヤーは、今までずっと法力も何も使わず、ただ己の拳のみで戦い抜いてきた。まさかここで新しい戦いを覚えることになるとは思いもよらなかった。しかし、それはまだいいとしても、法力すら使わないスレイヤーはどのようにしてその『弾幕』を発生させればいいのかわからなかった。

「簡単よ。要するにその弾幕をイメージすればいいだけの話よ」

実に簡潔に、そして簡単な説明だった。ふむと頷いたスレイヤーは軽く人差し指を前に向け、自分なりの『弾幕』をイメージする。すると、人差し指の先から灰色の弾丸がすさまじい勢いで飛び出し、壁に衝突する。すると、その壁は支えを失ったように瓦解していく。

「ふむ。こんなものか」

初めて弾幕を出現させたものではこうはいかない。せいぜいその弾幕になりえる弾丸が出現する程度である。しかし、こうでなくては勝負を申し出た意味がないと言ったような笑顔が紫の顔に浮かび上がる。

「そうそう。あとは自分のスペルカードを作るだけよ」

と紫が言うと、説明に聞いた中には物理攻撃もスペルカードとして導入していいということを思い出し、即刻一つのカードを手元に出現させる。


鉄拳「パイルバンカー」


 と書かれたスペルカードが一枚、彼の手元に置かれる。『パイルバンカー』はスレイヤーの代表的な技の一つであり、彼と戦ったものの殆どが「負けのきっかけはパイルバンカーだった」と言わしめるほどだった。その調子でどんどんスペルカードを製作し、二十枚ほど製作するとスレイヤーはうむと頷いた。

「こんなものかな。さて、レディ・紫。君からの決闘、喜んで受けよう」

顔を合わせた時と同じようにスレイヤーはお辞儀をした。すると紫はニコリと笑い

「それじゃあ、決闘の報酬は、貴方が勝ったら貴方を幻想郷へ案内するわ。私が勝ったら今日中に幻想郷に入ることは諦めなさい」

要するにスレイヤーは負けてもまた翌日紫に決闘を申し込めばいいだけの話だ。その不釣り合いな条件にスレイヤーの気分は良くはならなかったが、相手はベテラン、自分は素人。そう考えると意外と釣り合いのとれた条件だと考えなおした。

「ふむ。その条件も飲もう。では私が投げたコインが地面に落ちたら開始と言うことでよろしいかな?」

そう言うと指をパチンと一度ならし、一枚の金貨を出現させる。それに頷いた紫は、スレイヤーから距離を取り、戦闘態勢に入る。互いにこの距離で良しと思ったのか、それ以上距離を置くことはなかった。

 スレイヤーが金貨を弾き上げる、クルクルと回転しながら宙を舞う金貨は放物線の頂点まで到達すると、加速しながら落下を行う。

―――チリン

 スレイヤー、生涯初の拳以外のモノも交え初戦が始まった。