「さて、それでは条件通り「幻想郷」に案内してもらおうかな?」

紫の手を取り彼女を瓦礫から救出すると、スレイヤーはそう言った。喧嘩の条件は「スレイヤーが勝てば彼は幻想郷に入ることが許され、紫が勝てば彼は幻想郷に入ることは許されず、二度と訪れてはいけない」というもので、結果はスレイヤーの圧勝ということだった。

 瓦礫から這い出した紫は服に付いた埃を払うと残念と呟き、彼を迷ひ家へと誘い入れる。家に入ろうとしたスレイヤーは思い出したように

「おっと、日本で家に上がる時は靴を脱ぐんだったね」

そう言ってしゃがみ込むと靴を脱ぎ、屋敷へとあがりこむ。

 座敷に通されると、その部屋はおよそ幻想郷に繋がる部屋とは到底思えない茶の間だった。はて?とスレイヤーは首を傾げていると

「フフ。幻想郷ならこの家のどこからでも行けるわよ。でもその前に・・・」

そう言って紫が腰をおろすと

「まずは貴方に幻想郷のことを教えなくてはいけないわ」

スレイヤーは幻想郷のことを何も知らない。知っているとすれば、幻想郷での勝負方法は弾幕勝負という事くらい。ふむとスレイヤーが頷くと、紫はそれを待っていたかの様に喋り出した。

「幻想郷は外の世界とは貴方が部分的に砕いた「博霊大結界」によって隔離された小さな世界。結界という位だから当然それの術者もいるわ。まぁ、術者って言ったら私もそうなのだけれど、正確には管理する者がいるわ。肩書きは博霊神社の巫女、名を博霊霊夢」

幻想郷を隔離している博霊大結界を作り出したのは今彼の前に居る八雲紫。そして当時の博霊神社の巫女と言われている。そして紫は結界を張った後に巫女に結界の管理を託した。

 スレイヤーは今きいた話を整理し、そして幻想郷のルールというモノを推測した。

「つまり、博霊霊夢と言う人間には手を出してはならん、そして巫女である以上人間の味方であり、無闇に人間に手を出せば巫女からの鉄槌が下る。という事かね?」

すると紫はニコリと笑い

「御名答。説明する手間が省けて助かるわ。あと付け加えるなら、たとえ喧嘩する事になっても必ずスペルカードルール、つまり弾幕勝負じゃないといけないって事くらいね」

そう言って紫は腰を上げ、茶の間から出て行こうとする紫を呼び止めた。

「どこへ行くのだね?」

厠と言われたらスレイヤーは非常に申し訳なく思えてしまうが、紫が口にした言葉はそうではなかった

「どこって、貴方を幻想郷へ案内するのよ。ついてらっしゃい。裸足で外には行きたくないでしょう?」

するとスレイヤーはなるほどと頷き紫の後に続く。

 スレイヤーの出発が整い迷ひ家の外に出ると、そこには紫が空間の隙間を作り出して待っていた。

「ここを通れば幻想郷にたどり着く事ができるわ。場所は・・・言わない方が面白そうだから言わない事にしておくわ」

しかし実際は場所の名称を言われたからと言っても、その場所が一体どういう所なのか皆目見当もつかないスレイヤーにとっては、全く意味をなさない事だった。

「場所の詳細の事なのだろうが、まぁ知らない方が私としても探索のしがいがあるというものだ。言わないでいただけると嬉しい」

はっはっは。と笑いスレイヤーは微塵も恐れる素振りを見せずに隙間の中へと足を踏み入れる。

「それではサー・スレイヤー、我らが楽園、幻想郷をどうぞ心ゆく迄お楽しみください」

紫はスカートの裾を摘み、恭しくぺこりとお辞儀をした。それに応える様に、スレイヤーも手を胸に当て礼を言う。

「ありがとう、レディ・八雲。君との喧嘩も楽しかったよ。私がこちらにいる間にもう一度やりたいものだ。それでは失礼させていただこう」

そして彼は紫色に染まり、在りとあらゆる所からギョロリを睨みつける目玉の廊下へと、外の世界の吸血鬼は姿を消した。


              ◆


「なぁ霊夢。結界に異変が起きたって話聞いたか?そこら中の妖怪達が噂してたぜ」

幻想郷の博霊大結界の境目に建設されている神社、博霊神社。そこには黒い大きな三角帽を被った金髪の少女と、霊夢と呼ばれ紅白の巫女服を着た少女が神社の縁側に座りお茶をすすりながらそんな話をしていた。

「魔理沙、私は結界の管理者よ?妖怪共が気付くより、とっくに気付いてたわよ」

先刻スレイヤーが結界を壊した際に、やはり幻想郷には少しだけ騒ぎが起きていた。もしその騒ぎが大きくなれば暇を持て余した妖怪達がそれに便乗して暴れ出す。普段の霊夢ならば異変が起きたとなれば自分の勘を頼りに、力ずくで異変を解決しに東奔西走するのだが、今回は外の世界の人間が引き起こしたこと。いくら勘に頼っていても当てがなければ当たるはずもない。彼女はすでに砕かれた結界へ向かい、それを行った張本人を探そうと思ったのだが、目的の人物の痕跡が全くない。おそらくは紫の気紛れによりその人物は迷ひ家へと誘われたのだろうと判断し、腑に落ちないものの時期納まる騒ぎをじっと眺めることにしたのだった。

「今回ばかりはどうしようもないわよ。結界の砕かれた部分も修復したし、犯人の足跡がたどれないんじゃあどうしようもないでしょう…」

ムスッと頬を膨らませて、魔理沙と呼ばれた白黒の魔女に不満を訴える。すると魔理沙は珍妙なものを見る眼で霊夢を眺めると

「おいおい、らしくないぜ。いつもなら勘に頼って『悪い子はいねがー!』って飛び回るくせに」

腕を振り上げ、ナマハゲの真似をしたりする魔理沙。しかし魔理沙もらしくないと言えばらしくないのである。

 この魔理沙という少女は霊夢が異変解決に乗り出すと霊夢と競争せんばかりに異変解決に乗り出し、霊夢より早く解決しようとする。その魔女も今回はこの騒ぎを収めようとはしない。

「私がいつそんなナマハゲみたいなことしたって言うのよ・・・そう言う貴女こそ。いつもならノリノリで私より先に異変解決しようとするくせに今回は何もしてないじゃない」

魔理沙が異変解決に乗り出す一番の理由は面白いから。しかしその『面白い』というのは競争相手がいてからこそのものである。一人で追い駆けっこをやるのは、誰がやっても面白くない。


              ◆


 場所は変わって人間の里から少し外れた草原。何もない空間が切り裂かれたかと思うと、そこの中から一人の紳士が出てきた。紳士はふむと呟くと、周りを見渡す。一本の公道らしきものの先には一つのそれなりに栄えた集落が一つ見える。紳士は目的のために、ひとまずその集落を目指し公道を歩き始めた。その集落で自分のうわさが流れているとも知らずに。