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「なぁ霊夢。お前「文々。新聞」の号外読んだか?」

白いシャツの上に黒いベスト、黒いスカートと白い前掛けエプロン。そしてなにより自重により先が折れ曲がった大きな三角帽を被った格好が特徴の魔女は、一枚の紙をぴらぴらと靡かせながら霊夢と呼ばれた少女に質問した。

「読んでないわよ。文のやつはここまで飛んでこないんだもの」

腹立たしい天狗少女の顔を思い浮かべつつ霊夢は愚痴るように呟いた。しかしその内容は分かっていると言う様に

「でもどうせ今回の結界砕きの事でしょ?「外の世界の人間の仕業だー」とか…」

と号外の内容を推測する。その推測は概ねあってはいるが、しかしその魔女の手にある号外が「また別の号外」となれば話は変わってくる。すると魔女は霊夢の所持する情報を哀れむ様に溜息をつくと、彼女が持つ号外の一部分を読み上げる。

「えっと、『前紙に記述した私の推測は正しかった様だ。私がこの記事を書いている今現在、外の世界の人間と思われる男が頻りに人間の里に住んでいる者達に声をかけている。外の世界からきた人間達は幻想郷にやってくると、人間に声を掛けて自分が置かれている状況を知ろうとする傾向がある。その事を踏まえて考えるとやはり、件の結界砕き騒ぎの張本人は彼なのかも知れない……。』だとさ」

しかしそれは新聞と言うにはあまりにも粗末であり、ならば何かと聞かれれば走り書きしたメモ帳の切れ端と言う方が妥当と言える。加えて言うと、今現在この魔女の手にある号外の前号も似た様な仕様になってるため、これだけ早く号外を出せるのも頷ける。

 魔女は縁側に立て掛けてあった彼女の箒を手に取ると、それに跨りふわりと浮遊する。すると霊夢は彼女の今後の行動が気になったのか

「魔理沙、あんたどうするつもりなの?」

と、問い質す。すると魔理沙と呼ばれた白黒の魔女はきょとんとした顔を霊夢に向け、

「どうするも何も、私は家に帰って研究だぜ?」

およそ少女が使うには似合わない言葉遣いで、当然だろうと言う様に返答する。霊夢がその返答に驚きの表情を浮かべていると、魔理沙は霊夢になんで?と聞かれる前に答える

「私だってそこまで暇じゃないんだぜ?もう今回の騒動の原因が解った以上、躍起になって探し出す必要も無くなったんだし」

じゃあなーと言う別れの言葉を残し魔理沙はまるで彗星の如く博霊神社から飛び去っていった。霊夢はそれをボンヤリと眺めていると、空から一枚の紙がひらりと舞い落ちてきた。

「全く魔理沙ったら余計な仕事を増やすんじゃないわよ」

きっと魔理沙が落としたのだろうと思い、霊夢は愚痴を吐きながら落ちた紙を拾い上げるとその紙は案の定魔理沙が先程まで所持していたであろう「文々。新聞(号外版)」であり魔理沙が読み上げた一文が記入されていた。そしてその文章とともに印刷されていた写真を眺める。

「ふぅん......なかなか渋いわね」

特にその写真に映る者に惚れ込むわけでもなく、一つの感想としてその言葉を口にした。しかし、その無関心な言葉と口調とは裏腹に彼女の唇は怪しく歪む。まるで

 ―――面白くなって来た

 と言うかの様に。


              ◆


「ん?」

自宅に向かって飛行する魔理沙の眼下には魔法に森へ進む写真の男がいた。この方向には自分の家に通称「人形師」のアリス・マーガトロイドの家が有るだけ。

「あ、もっと進めば紅魔館があったな」

そう呟き勝手に自己完結する。

 実を言うと魔理沙と霊夢は文の見解に誤りが有る事に気付いていた。それは、今魔理沙の眼下を歩く男は確固たる目的があってこの楽園にやって来たと言う事。わざわざ博霊大結界を砕いてまでやって来た人間が自らが陥った状況を理解する為に道行く人間に話を掛けるとは到底思えない。つまり彼は訪ねるべき場所もしくは人物がこの幻想郷に存在していると言うこと。そして魔理沙はさらに考えた。

 外の世界からここにやって来てそのまま居ついている人間、妖怪は誰か、そして彼が向かっている先から推測するに心当たりのある場所と言えば―――

「あ……」

そして思い至った。別にそこに何の用があるかなんて事は本人から聞かない限り解らない。しかし、そこがどんな所か知っている上で向かっているとするならば彼がそれなりの実力者である事は確かである。そして自称魔法使いは人間であるが故に口元が歪んでいく。しかしそれは先程の霊夢の様な黒みのある笑顔ではなく、恐怖の中でそれに打ち勝つほどに好奇心に駆られた様な笑顔だった。


              ◆


 パイプを蒸かし周りに広がる鮮やかな緑に心奪われ、ここが日本の中である事からも風情があると思い「HAIKU」を一句詠もうかと思ったその時、凄まじい轟音と共に彼の目の前が砂煙に包まれる。流石の彼でもこれには驚き煙に浮かぶ魔女のような影に目が移った。

「私の名は霧雨魔理沙!外の世界から来たお前!いったい何者だ!」

立ち込める砂煙の中から影の魔女が大声を上げて名乗り挙げる。徐々に煙が晴れていくと、魔女の姿がどんどん露わになっていく。しかし、相手が名乗り挙げ自らの正体を聞かれたときに、それを渋るような彼ではない。それ故彼は自らの正体を隠すことなく堂々と名乗り挙げた。

「私の名はスレイヤー。吸血鬼と呼ばれるものだ」

その言葉を聞いて魔女の格好をした金髪の少女は驚いたように身を仰け反らせる。しかし、その驚きの仕草から戻ると何処からともなく背がひどく低い金色の六角柱を取り出し、それをスレイヤーに向かって突き出し、

「私と弾幕勝負だ!」

と唐突に宣戦布告してきた。その少女の顔には恐怖や怯えというものが一切なく、自分の実力がどこまで通用するのか知りたいという様な好奇心からやってくる満面の笑みが張り付いていた。