月の仕事もピークを迎え、地上を太陽の代わりに淡く照らしていたはずの深夜零時。空は雲という自由人がカーテンを閉めてしまったため、彼の頑張りは無念に終わってしまった。そんなことは我関せずとでも言うかのように彼等の足元に建ち並ぶ住宅地。そのうちの一件に、家以上に彼等の頑張りなど気にも留めぬ男が一人いた。

 男の名は大人の事情にて明かすことはできないが、一先ず「村木」と呼んでおくとしよう。
 
村木は一年と少し前に購入した携帯電話のくたびれ加減にウンザリしていた。それの容体を具体的に言うと、ヒンジと呼ばれる・・・解りやすく言うなら扉で言うところの蝶番に当たる部分が、二つあるうちの一つは割れ、もう一つは抜けてしまうという大惨事。液晶に映像を映すためのケーブルのお陰で辛うじてそれとしての原形を留めていた。しかし先日嬉しいことに、まだまだ新機種として現役でやっていけるそれが格安で手に入るというイベントが発生した。いつ誰がそんなフラグを打ち立てたのかは知らないが、高額な機種代と言うのがネックで二の足を踏んでいた村木はサーファーよろしく、喜々としてその波に便乗しかくして一銭も払うことなく新機種を手に入れることに成功した。

「アプリが無ければこの携帯にした意味がない」

と言って好物の向日葵の種を頬袋一杯に詰め込むハムスターもかくや、といった感じに新機種の特製を生かしていた。

 仕入れ作業を一旦中断したかと思うと、村木はおもむろに仕入れた商品から馴染みのあるアプリを起動させた。そのアプリの名は「テトリス」。・・・アルファベットで記入しなかったのはこちらの方が解りやすいと言う結論に至ったからであって、決してスペルを忘れた訳ではない。

 さて、馴染みがあるとは言っても、それはゲーム自体に馴染みがある訳であり、「完全タッチ式」というものに馴染みがある訳ではない。されど所詮はテトリス。操作法が変わっただけでやることは変わらないとタカを括っていたのか、親切にもチュートリアルがあるというのにそれに目もくれず、早速本番を開始する。

 最初は落下スピードが遅いため、操作確認も含めているのか実にゆったりとしたペースだった。操作に慣れてきたのか徐々にペースを上げて行く。しかしやっているゲームはテトリス。ラインを消して行けば行くほどレベルは上がっていき、村木の手を借りずとも自然落下スピードは上がっていく。

 気が付けばレベルは十一。ボタン操作であれば問題無い落下スピードだったのだがここで操作の不慣れが浮き彫りになってきたのか、最初は丁寧に穴無く積み上げていったテトリミノの山に穴をチラホラと作り上げていく。とうとう観念したのか、4ライン消し・・・いわゆるテトリスを諦め立て直しを図ろうとするが、時既に遅し。コンピュータからは警告を告げるアナウンスが響き渡る。それでも諦めずにテトリミノの削除に専念するが、平静を欠いてる上になれない操作が上乗せされている今、テトリミノは消えるどころか山を更に高くしていき、ついにゲームオーバーとあいなった。

「・・・ぶっはぁー!タッチパネルでテトリスって結構難しいな!」

そう言った村木は携帯電話から目をはなし壁掛時計で時間を確認する。時刻は深夜二十六時。諦めたように携帯電話を床におくと、敷いてあった蒲団に寝転び、睡魔が麻薬を打つのを今か今かと待ちわびるのであった。






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