「では、作戦の説明をします。」

作戦開始まで、あと3分。ラグラスがあえてこの短い時間に作戦の説明をするのは、一応理由があるらしい。言ってくれないが・・・。

「作戦が開始されたら、リアさんが倉庫に向かってください。20秒後に、エルが出発。その40秒後にグレイさんが出発してください。現場に到着してからの行動は、あなた方におまかせします。それに、私が指示を出しても、あなた方がそれに従うとも思えませんしね。」

ため息まじりで、そんなことをラグラスはそう言った。まぁ、ラグラスの言う通りなんだが・・・。俺が作業してるときは、指示されたことを忘れるし、エルははなっから聞く気がない。グレイリアもエルと似たようなもんだし。・・・そう考えると、この時間になってから言うのは、作戦を言う必要がないからかもしれない。

「今年は豊作だったそうなので、食糧庫にはかなりの量が保管されていると見てもいいでしょう。ですので、我々の一カ月分を拝借しても、村の方には影響はないでしょう。ですがやはり、ただ盗むのは心苦しいので、少しばかり、お金を置いていきましょう。」

そういうと、ラグラスはいつものように俺に多額の金を渡してきた。この金額は二カ月分いただいても、おつりがありそうと思うのは気のせいだろう。っつか、こいつはいつもどこから金をひねり出してるんだ?・・・謎だ。

「なぁエル、この金どう思う?」

元ボンボンに、この金額について聞いてみる。金持ちの金銭感覚は分からんからな。ちなみに、エルとラグラスが一緒になってから、金額について聞いたことは一度もない。今回初めて聞くことになる。どうでもいい話ではあるが。

「・・・一か月のお小遣いの半分。」

・・・申し訳なさそうな顔で言うなよ。自分自身が哀れに思えて来るじゃないか。しかし、この金をさらっと出すラグラスと、それをどうとも思わんエル。この金額を多額と思っている俺と、スラム出身のリア。金持ちとかの人数はどうでもいいとして、金持ちが盗賊やってるってどうよ?しかも、これじゃあ盗みにならないで、こっそりと買い物してる事になるし。俺たちはすでに盗賊ではない。

「そろそろ準備をお願いします。」

開始時刻が迫ってきたので、ラグラスが声を掛けてきた。村の入り口から入るのではなく、食糧庫に一番近い柵から侵入する。それでも食糧庫までは1q以上あるわけだが。ちなみに、柵の高さは7m。木で出来ているので、獣人である俺達にはあまり意味をなさない。なぜなら、俺達はジャンプで5mの高さに到達するし、そのままの上昇する勢いを使って、壁を登ることができるからだ。

 鐘の音まであと5秒・・・3・・・2・・・1・・・

「カンカンカンカン!」

鐘の音が聞こえる。出発まであと10秒。ジャンプの為の助走位置に着く。

 ラグラスが手を挙げる。それが出発の合図。

「じゃ、先に行ってくる。」

1番手であるリアが、そう言い残して走り出した。5秒後にはすでに柵を越えているだろう。

 ラグラスからの2度目の合図。それと同時に、エルが走り始めた。・・・エルの顔がいつもと違う。なんでだろ?いつもより、なにやら張りつめた顔をしている。

 しばらく時間がたってから、最後ある俺が走る。柵まであと10m。って事はあと1秒でジャンプすることになる。力の向きを、前から上へと変え、体を上昇させる。上昇が止まる前に壁に爪を掛け、上昇する力を増幅させる。柵の頂上まで残り2m。

 丸太で作られていた柵のてっぺんはまっ平らで、一番近い家の屋根に下りる。とはいっても、3mは落ちる。長年(と言っても、小さい頃の記憶が全く無いので、いつからやっているか覚えてないが)この職業をやっていると、高いとこから落ちても、無音で着地することは難しくない。さて、休んでる暇はないので、早く倉庫に向かおう。

 屋根から屋根へと移動しながら、倉庫へ向かう。通る屋根には木の破片が置いてある。この木の破片をたどれば倉庫に着くという、リアの配慮だろう。

 エルの影が近づいてくる。倉庫までもう少しか。ちなみに、このように時間をずらして一人ずつ出発したのは、倉庫に全員が同時に到着するようになっているからである。俺にはそうする意味はよくわからないが、ラグラスが言うには、その方が効率が良いからだそうだが。・・・そんなことを説明してるうちに、倉庫についているわけだが・・・。

「さて、どっから侵入するか・・・。」

倉庫(の屋根の上)に着いたものの、どこから侵入すればいいのか分からない。窓を割って入るか。でも、ガラスを割った時の音でばれるだろうし・・・。

「兄さんのバーナーナイフで、ガラス溶かせばいいんじゃないの?」

俺が悩んでいるところに、エルの助言。

「あ、確かに。」

確かにバーナーナイフだったら、ガラスを溶かせるほどの熱は出せる。ナイス、エル。

 さっそく俺は、倉庫の梁(倉庫に梁があるのはかなり珍しかったが)にぶら下がり、窓に発熱中のバーナーナイフを当てながら、四角に切った。上手い具合にガラスが切り抜かれ、その四角い穴から音もなく侵入できた。俺に続いて、エル、リアの順に窓から入ってくる。

「さて、食糧をいただこうじゃないか。もしかしたら、倉庫の中を巡回しているやつがいるかもしれないから、注意しろよ。5分後にここに集合。」

それだけ伝えて、散開した。現在7時2分。急がなきゃな。

 エルとリアは広い1階へ。俺は、なぜか1階より狭そうな2階を担当。なぜ狭そうかというと、この2階には、不自然な壁があること。ドアがあればそうとも思わないが、そのドアがないので、よけいに怪しい。まぁ、この村の事情に関わる気は無いから、どうでも良いのだが。

 食料を集めていると、例の壁側で食料を集めている事に気がついた。気がついたからどうするってわけじゃないが、何か気になる。いや、好奇心からくるものじゃない。しかし、何か引きつけられるものを感じる。あと3分で集合時間だ。

「まぁ、それほど時間はかからないだろう。」

そう思って、バトルスティックを取り出して、コンクリ製の薄い壁を粉砕する。

「・・・なんだこれは?」

壁の向こうにあったのは、食糧ではなく、武器や兵器が詰まっている大量の箱。今の地上世界では、このような武器や兵器の所持は禁止されている。とラグラスから聞いた事がある。

「って事は、ここはすべて密輸品か?」

そう思いながら、俺は『引きつけられるもの』を探した。がそれはすぐに見つかった。見つけた物は、何の変哲もない銃。デザイン的には一昔前な感じだ。同じ形をした銃は何個もあるのだが、なぜかこの銃だけからそれを感じる。

「銃1丁だから、かさばらないし。持って帰ろう。」

銃をベルトにさして、食糧探しに戻る。残り1分。これを探すのに2分もかかったのか・・・。まぁいいか。

 集合時間になったが、エルが来ない。

「リア。お前はエルと一緒に探してたんじゃないのか?」

「馬鹿言うなよ。なんであいつと一緒に探さなきゃいけないのさ?それどころか、どっちが多くとってこれるか勝負してたくらいだ。」

とってくるのは1カ月分のはずなんだが・・・。そんなことしたら、帰る時に単なる荷物にしかならないぞ。

「下の階に警備員はいたか?一緒に食料をとってないとはいえ、同じ一階にいたんだ。いるかいないかくらいは知ってるだろ?」

エルがそんなヘマをするとは思えないが、念のため聞いてみる。

「一人だけいた。だけど、そいつ管理小屋で寝てたし。」

一人か・・・ん?一人?ふと疑問に思う。リアは小屋の外にいたのに、どうやって中を確認した?

「小屋はどんな感じの小屋だった?」

「どんなって、普通な感じだったよ。パッと見だと、13.2uの小さな小屋で、ドアが一つの窓が一つ。裏口みたいなのは無かった。」

なるほど、納得。というより、少し考えればわかる事だったな。あと確認することは二つあるな。

「お前はどのあたりから小屋の中を見た?それと、その警備員の種族は?」

「倉庫の端から見てたから、だいたい15mくらいかな?種族は具体的には分からないけど、犬の顔をしてたから犬の獣人だね。」

犬の顔って事は、イヌ科の獣人。今のところ確認されているイヌ科の獣人は、犬、狼、狐の三種。狼の獣人は一人でいることはめったにないから、狼じゃないだろう。

「狐の獣人だったらやばいな。リア、お前は先に帰れ。俺はエルを探してくる。」

狐の獣人の大半は、狡猾でずる賢い性格のやつが多い。侵入者はどんな手を使っても捕まえようとするだろうな。タヌキ寝入りなんてかわいいもんだろう。

 リアは俺の意見に少し渋っていたが、俺の顔を見たのだろう。わかったと一言言って、窓から出て行った。ここに残されたのは、俺と俺が盗ってきた食糧。そして残り1分という時間。

 バトルスティックを片手に1階へ降りる。とりあえず階段の近くには誰もいない。だが、薄暗い倉庫の中だと、俺の毛色は少し目立つな。気をつけないとすぐに見つかるな。

 ぺたぺたぺた・・・。

 素足の足音、素足で歩くのは獣人くらいだ。だけど、エルの足音じゃない。おそらく警備員が近くにいるのだろう。まずいな、スタンガン系統のものを持ってくれば良かったかも。いや、そもそもスタンガン系統のものを家に置いてなかったな。

 倉庫全体に等間隔においてある背の高い食糧箱のおかげで、今のところは見つからずに済みそうだ。

 ぺたぺたぺた・・・。

 近い。この箱の壁の向こう。俺の隣にいる。歩いている方向は俺と反対。管理小屋はどこにあるかまだ分からない。

『くそ、場所も聞いとけばよかった。これじゃあどこにあるかわからん。』

単純に考えて、エルが捕えられているとすれば、管理小屋にいるはずだ。しかし情報と言えば、リアが横端から見てたってくらいだ。警備員を気絶させれば動きやすいんだが、獣人の筋肉は弾力があるから、殴ったりして気絶されるのは難しい。首を締めればいいんだろうけど、力の調節が難しいからな、下手したら殺してしまうかも。

『あぁ〜。ステルスゲームをリアル体験しちまってんじゃねぇか。』

いや、いつものことか。あぁいや、そんなことより・・・。

・・・あぁ〜!しょうがない。こうなったら警備員を気絶させるか。そしたら自由に動ける。

 バトルスティックを折りたたんで、警備員の後ろから近づく。警備員はこっちには気付いてないみたいだ。もう少し近づかないと、手が届かない。あと少し、もう半歩。よし。

 警備員の首に腕を絡ます。まずは声帯を締め上げ、発声できないようにする。あとは、血の循環をふさぐだけ。警備員の爪が腕に食い込む。かなり痛いが、次第にその力も無くなってきた。3秒後、腕の力は抜け、警備員の両腕はだらしなく垂れた。腕の絡みをほどく前に体温を確認する。・・・息は止まっているが、死んではいないみたいだ。

『よし。』

通路を歩いていたら時間がかかる。不安定だが、食糧箱の上から探そう。

 管理小屋はすぐに見つかった。思ったとおり、小屋の中にエルは縛られて監禁されていた。

「説教は後だ。早くここを抜けるぞ。」

そう言ってからエルの腕を拘束している縄をほどく。残り20秒。

 7秒で侵入口である窓についた。そして、食料を持って外へ。外の警備員が定位置につく頃には、倉庫から200m離れた民家の屋根の上だった。

「ふぅ・・・どうにか無事だったな・・・。で?何で捕まったんだ?お前らしくないじゃないか。出発前だって、なんか張り詰めた顔してたし。」

屋根から屋根へと移動し、ラグラスたちのいる場所へと向かいながら、エルに聞いてみる。いつもなら、警備員に見つかるなんてヘマはしないのだがな。

「ここって、どんな村か知ってる?」

「ん?まぁ、知ってるっちゃ知ってるけど。」

だけど、俺が知ってるのはあくまで表面上のことだけだ。この村の誰がどの組織と関わりがあるとか、どんなルートで武器を密輸入したとか、そんな内情は知らないし、あまり知りたいとも思わない。

「・・・この村の村長は、僕の叔父なんだよ。」

俺がどのあたりまで知っているというのがわかっているのだろう。エルはそんなことを言い始めた。

 エルは、3年前にうちに着てから、一緒に何度も食料を盗みに行った。だけど、外に出たときに、屋敷の者、つまり自分が屋敷にいた頃に関わりのある者を見かけると、その場から逃げ出す癖があった。まぁ、仮にも元々は大きな家のお坊ちゃまなわけだから、その分罰も厳しかったのだろう。だから、『3年も家出をしていて、屋敷の者に見つかる=家に連れ戻されたときの罰を考える』というのが頭を駆け巡るというわけだ。この村の村長が自分の叔父なら、それこそ、自分を見つけたらすぐに追い詰めようとし、捕まえ次第屋敷に強制送還されることになる。びくびくするのもうなずける。

「わかった。もう話さなくて良い。だけど、最後に聞かせてくれ。」

「・・・なに?」

村のことを話しただけでも随分辛かったのだろう。いつもの元気な顔が見る影もない。

「なんで、出発前にそのことを言わなかった?たしかに、ここが一番近い村だけど、いつでも場所は変えることができるんだぞ?」

俺がそう言うと、エルは少し恥じたような顔を向けて言った。

「だって、そんなこと言ったら僕の三日間の努力が意味なくなっちゃうし、なんかリアに負けた気になっちゃうから・・・。」

「そんなくだらないことでお前を失うんだったら、俺はその意地を捨ててほしかった。お前は俺の弟なんだからな。」
って言おうと思ったけど、恥ずかしいのでやめた。その代わりに
「・・・アホだな。」

と呆れたように俺はそう言った。

 このあとにラグラスに長い説教を食らったのは言うまでもない。


―続く―






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