「・・・体がだるいな」

私が朝起きてからの第一声はそれだった。

 確かに体が非常にだるい。しかも寒いと言われた朝が大した寒さに感じないのだ。いうなればそう、冷たいと思った屋外プールが日光のせいで温まり、ぬるく感じる。そういった感覚。つまり、自分の体温が平熱より下回っているといことだった。

 アルバイトが入ってるということもあり、二度寝を要求する脳に反発し私は体を起こし布団という魔性の道具から脱出し、朝食を食べるために階段を下る。

 一階に下りてみると、そこにはいつものように朝食が用意してはいなかった。私より先に起きた兄二人が炊飯器の中で保温されていた残りのご飯をほとんど食してしまったために、私の分が無くなってしまったそうだ。あるとすればせいぜいおにぎり二つ分といったところ。

 これ以上のんびりしているとアルバイトに遅刻してしまうということもあったが、もし風邪でもひいていながら仕事を行えば、会社の人間にも迷惑であるため、念のために体温計を脇にさし炬燵に足を突っ込みながら結果を待つ。

 一分もしないうちに、「℃」の点滅が止まったようでピーというアラームが体温計から聞こえてきた。

 体温計のデジタル数値を見てみると、「34,4℃」という平熱を大きく下回る体温。現在の自覚症状としては強い吐き気がある程度で、仕事に支障はない。しかし万が一ということもある。

 とりあえず動けることは動けるので、スーツに着替え濃い茶色のファー付きフードジャンパーを抱え家を出ようとしたが、親が私をそれなりに心配してくれたようで分厚い手袋と炊飯器から急遽作ったゆかりおにぎりを二つをよこしてくれた。

 ぬくい手袋にありがたみを感じながら、雨にぬれた折りたたみ式自転車のサドルをフェイスタオルで大ざっぱに拭い、小さな車庫から自転車を押しながら出る。

 イヤホンを耳につけ煙草をくわえ、傘をさし雨の中私は自転車を片手運転で漕ぎだした。

 バチン!バチン!

 今乗ってる自転車も、購入してから一年以上経つ。購入当時は愛用の自転車が壊れてしまったため、五千円ということもありその場凌ぎのでこの折りたたみ自転車を購入した。何とも長いその場凌ぎである。安物の自転車は値段相応の耐久力である、と自転車屋の老人から聞いたことがあった。おそらくこの自転車もガタがきているのだろう。それを予告するかのように自転車のチェーンは何度も外れた。ろくに手入れをしていなかったということもあるのだろうが、油が注されていないチェーンは錆つき、一部の片方の枠は既に切れている。一体何度このチェーンが外れたことだろう。もう5回目あたりからもう数えることをやめてしまった。

 バキン!

 自転車で行けば駅まであと2分というところで、またチェーンが外れてしまう。音を立てながらチェーンが外れた時は、決まって元のもどすのが面倒だった。駅が近いということもあって、直す気にもなれず結局自転車を押しながら駅に向かう。

 改札を通りホームへ向かう。どうやら私が改札を通るあたりで電車は出発してしまったのだろう。次の電車が来るまでおよそ5分ほどある。現在の時刻は8:50分。今勤務先に電話をしても誰もいないだろう。ひとまず私は聴き慣れたインストロメンタルを耳に垂れ流しつつ電車を待つことにした。

『次は秋津、秋津です。お出口は―――』

乗り換え駅に着くころには時刻は9:00。私の勤務先の店長は9:00には必ず店舗にいるということを以前言われたことがあるので、乗り継ぎ駅に向かいながら店舗に電話する。

『はい。お電話ありがとうございます。デジタル専門店ノジマ三芳店。××でございます』

「おはようございます。○○(本名)です」

聞こえてくる声は店長ではなく家電担当に人間。この人が真っ先に出るということは大体の確率で店長は休みである。

『あ、おはようございます。どうしたんですか?』

「店長はいらっしゃいますか?」

『店長は今日はお休みされてますね』

予想通り、店長は休みだった。そういう時は大体この人が店長代理として店を回している。そして私は現在の体調を告げた。

「・・・という状態なんですけど、どうしましょう?帰れと言われればこのまま帰りますが・・・?」

すると××さんはうーんと少し悩んだような声で唸りながら

『情報担当の者には私から伝えておきますから、今日は体調不良ということでしっかりと体を休めてください』

と帰宅しろと宣告された。特に食い下がる理由も見つからない上に、半ば予想していた答えでもあったため、私は特に驚きもせずに了解の胸を伝え、電話を切った。

 家にUターンすることになったものの、家に朝食となりえるものが無いことは分かり切っていることであり、そしてこの駅周辺にはちょうど良くマクドナルドがある。朝食がてら私はそこに入店することにした。

 テキトーに軽く食べられる物を注文すると、今は「朝マック」の時間帯であるため単品注文ができないと言われてしまう。「朝マック」の利用が初めての私は少し驚いてしまった。仕方ないので390円と一番安いセットを注文し、飲み物はホットコーヒーにしてもらう。

 昼に来店する時よりずっと早く注文した品が手元に届き、喫煙席に向かう。

 細長い包み紙を開け、中に入っているホットドックを頬張る。当たり前だがこれと言ってまずくもないしうまくもない。もともと食欲がなかったためか、頬張ったホットドックを飲み込むのに随分と苦労してしまった。ついには頬張ったものを流し込むようにしてコーヒーを口にする。

 思った以上に早く食べ終わってしまったことに驚きつつ、食後の一服をしながら、昨日購入して仕事用バッグの中に入りっぱなしだったコミックを一冊取り出し、読みふける。読み終わる頃には食欲が少し回復していた。

 追加注文を頼みに階段を下り、カウンターに向かうと既に「朝マック」の時間は終了し、いつもの単品注文をすることができるようになっていたので、私はハンバーガー一個とコーヒーを注文し、再び喫煙席へと舞い戻る。

 そして今度はハンバーガーを片手に小説を読みふけり、それを読み終わったころには私の懐中時計は12:00を指していて、私は帰宅を決め込む。

 電車に乗り込み、地元の駅で降りる。自転車に跨るために再びサドルをフェイスタオルで拭っていると、今現在この自転車のチェーンが外れていることを思い出した。

 小さい頃から何度もチェーン外れを直したことがあるため、ほんの20秒ほどで修理、というより応急処置を終えひとまず自転車を再び漕げる状態にする。

 河川敷を通り長い坂を登ろうという時に、いきなり自転車のペダルが軽くなった。そう、またチェーンが外れたのだ。

 音を立てずにチェーンが外れた場合直すのは楽なのだが、そのかわり既にこのチェーンは末期であることを告げていることでもある。それを声高に主張するかのように二本目の上り坂を登り終えたところで、再び音もなくチェーンは外れてしまった。

 帰宅した私は真っ先に自室の部屋に向かい、ネクタイを緩めスーツの上着を椅子に掛け、そして布団に寝転がる。吐き気は少し楽になってはいたが寝ころびたくてしょうがなかった。

 一分ほど寝ころんだ私は、ワイシャツを脱ぎ棄て、スラックスをハンガーにかけ、寝巻に着替え、PCを起動させた。

 そして今に至る。






戻る